黒猫あんみつ

タイトル通り黒猫とあんみつが好きです。

東京散歩 ー芥川龍之介をめぐってー

ふと思い立って、芥川龍之介に関連する土地を巡ってみることにした。作品への理解が深まるかもしれないと思った。まず田端駅で降りて、田端文士村記念館に行った。ここには芥川龍之介の原稿や手紙や葉書などが展示されていた。こちらの記念館で田端周辺のマップを頂いたので、それを見ながら芥川龍之介旧居跡を目指した。徒歩10分くらいのところにそれはあった。いまは空き地となっており、令和8年に芥川龍之介記念館が完成予定である。田端駅に戻り、ふたたび電車に乗り、巣鴨駅で降りた。巣鴨商店街をぶらぶら歩き、とげぬき地蔵に手を合わせた。ここは旧中山道が通っており、昔はこのあたりで旅人が種を買って国にもって帰っていたらしい。染井霊園で二葉亭四迷の墓を見たあと、隣接する慈眼寺に行き、芥川龍之介の墓参りをした。行った前日が芥川龍之介の誕生日だったから、花が供えてあった。中国語で書かれた芥川の本も備えられていた。じーっと墓石を見てしまった。曇ってはいたが、晴れていて、風があって、卒塔婆がバタバタと音を立てていた。斜向かいにあった谷崎潤一郎の墓にも手を合わせた。来た道を戻り、また電車に乗って日暮里駅で下車した。谷中墓地にある新原家の墓を見た。探すのに苦労した。この墓に眠る芥川のじつの両親や、七歳で亡くなった姉のことは、『点鬼簿』という作品に詳しく書いてある。それから御徒町まで電車で行った。懐かしいお店に立ち寄り、たい焼きを食べた。まだ腹が満たされなかったので近くの王将に入った。炒飯、ラーメン、餃子を頼んだが、餃子が出てくるのが遅かった。できれば炒飯を食べながら、餃子を食べたかった。日比谷線仲御徒町駅から、八丁堀駅を目指した。八丁堀は、以前勤めていた会社があって、その建物はまだ存在していたが、たまに行っていた飲食店は潰れていた。コロナで客足が遠のいたせいではないかと思った。私はここで働いていたときに、東日本大震災を経験した。ちょうど本をコピーしていたときだった。揺れのせいで、社内はぐちゃぐちゃにいろんなものが散乱した。私はここから徒歩で10時間以上かけて、住んでいる場所から車で30分で行けるくらいの場所まで移動した。このたび八丁堀に行ったら、本の森ちゅうおう(中央区京橋図書館中央区立郷土資料館)というお洒落な建物が建っていた。私はそれを横目に芥川龍之介誕生の地の案内板まで歩いた。聖路加国際大学の目の前にそれはあった。いまでは想像もつかないが、このあたりはかつて実の父親が経営する牧場があった。私はそれから築地本願寺酒井抱一の墓や、築地市場跡を訪れてから、銀だこ一号店でたこ焼きを買い、ベンチで食べた。食後、しばらく休憩してから、東銀座から電車に乗り、家に帰った。

 

1月に横須賀に行く用事があって、たまたま見た『蜜柑』の文学碑から、芥川に関心を持ち、数ヶ月後、墓参りをしてみようと思うまでに至った。我ながら驚いている。『蜜柑』は短編であるが、非常に細かく「私」の心理を描写をしていて、読みごたえがある。

 

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